母の日にやるべきたったひとつのこと。

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明日5月10日は、母の日。

毎年いつなのかいまいち把握できないんだけど、5月の第2日曜日なのね。

 

母の日っていったら、私が20代そこそこの頃なんて、家を飛び出してDJに没頭していた時期で、母の日をきちんとお祝いしたことなんて、ほとんどなかった。

なんなら、若干親とギクシャクしてた。

 

たまーに、思い出したように花束贈ったりしたことあったけど、ああいうのもダメね。いや、花束がダメなんじゃなくてね。

 

面倒くさいなーとか、お金使いたくねーなーレコード買いてーなー、とか思いながら、

一方で、

「母の日なんだからきちんとお母さんに感謝しなきゃ!」

―感が世の中にはただよってるから、自分もそれに従わないといけないような中途半端なモラルが片隅にあって。

 

今ならたぶん、Facebookとかでも母の日アピールしてくる人とか、たぶんいっぱいいるんじゃないかな。そういうの見て、なんか自分もやった方がいいのかなみたいに触発されてというか、義務感を感じてる人も少なくないのでは?とか勝手に思ってる。

 

そんで、花束かなと。

カーネーションでしょと。

 

たぶんね、母の日にカーネーションもらって嬉しくない母親なんていないと思うのよ。だからそれはひとつの正解だと思うわけ。

 

でもね、当時の私でいえば、どこかでやっぱり

「花束にしとけば無難でしょ」

みたいな、

「とりあえず一番それっぽいっしょ!楽だし!」

って気持ちが絶対あったわけ。もう70%ぐらいはそんな感じだった気がする。

 

結局のところ、本題である“母親への感謝”は二の次で、

要するに、

「親に感謝できちゃう常識的なオレ」

を守りたいだけなんだよね。メッキ塗装してたいわけで。

そこはきちんと認識してたほうがいいと思う。

 

若い頃って、誰かから

「感謝しなきゃダメだよ」

「感謝の気持ちが一番大事」

とか押し付けられると、マジでうぜーとか思ってた。

 

いや、分かるけど!その理屈は分かるけど!

そのアプローチじゃ全然こっちに響いてこねーから!

とか思ってた。

そういう時期を経て、大人になっていくんだろうけど。

 

 

一度友達から、

「ねぇ、感謝ってモノだと思う?気持ちだと思う?」

って問われて、

「うーん、やっぱ気持ちかな?」

「だよねー。」

っていう、雰囲気だけで答えたようなクソみたいなやり取りがあったんだけど。

とはいえ、確かに大事なのは気持ちだと思う。

 

けど、もう一歩進めて考えれば、その気持ちは相手に伝わるべきだと思う。

感謝は気持ちだ、なんて言いながら相手が喜ばないような自己満のプレゼントあげても、にんともかんとも(by ハットリ君)なわけで。

 

 

 

母の日にはちょっと早いんだけど、先週末実家に帰って、家族+甥・姪で集まって。

ビール買ってきて乾杯して。仏壇には父親の分のビールあげて。

テーブル囲んで普通に実家の料理食べて、話して、夜8時ぐらいには解散して。

 

母の日って別にさ、プレゼントとかそういうことじゃないと思うのよ。人によるから、相手に欲しいものがあるならあげてもいいと思うけど、もしプレゼントっていう形にしないとなんか収まりが悪いような気がしているのなら、それは勘違いっていうか。

たいていの母親はそんなの期待してないし、仮にプレゼントくれなくても「なんだよプレゼント無しかよ。」とか思わないからね。

 

人間歳とっていったら、体力も落ちて自由がきかなくなって、唯一若いころよりあるのはお金ぐらいのもので。別に欲しいものなんて、そんなに我慢しなくてもいい段階になってるよね。

最後まで残るものっていったら人との繋がりだけど、友達なんてもうそれぞれの家庭で別の人生を歩んでいるわけだし、なんならボチボチ病気やら事故やらで亡くなっていったりする。

結局最後まで近くにいてくれるのは家族であり、子供たちなんだと思う。

 

だから自分が子供の立場として、親に感謝してやるべきことっていったら、実家に顔出して、「久しぶりやね、元気しとる?」って言ったり。

手紙を書くのもいいし、電話一本かけるだけでもいいと思うわけ。

 

電話なんか、スマホでポンポンポンでしょ。

3タッチもあればかけられるだろうに、全然しないんだから。

手間やお金がかかってるかどうかじゃなくて、簡単でも普段やれてないことを、たまにはやろうかなって思えるのが、結果として感謝の裏返しなんだと思う。

 

子供(自分)の元気な声、ちょっと聞かせてあげるだけで親は嬉しいんだから。

 

 

 

 

 

親になったことないけど。

 

 

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