「そんなにむきにならなくてもいいよ。休もうよ」

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この記事読んでみて欲しいっす。

ナマケモノでいいじゃないですか(内田樹の研究室)

一部抜粋。

>私たちの国の言論人は人々に向かって
>「もっと努力しろ」と告げるタイプの言説しか語らない。
>「そんなにむきにならなくてもいいよ。疲れてるなら、少しの間、休もうよ」
>といういたわりの言説だけが誰によっても口にされない。
>これは異常である、と私は思う。

>例えば、環境問題というのは誰が何と言おうと「働き過ぎ」の成果である。
>働くほど環境は破壊される。
>ほんとうに環境を保全したいと望むなら、
>自然の再生産が可能な範囲に経済活動を自粛するべきなのである。

>繰り返し論及している教育問題についても、同じである。
>日本の子どもたちの学びへの意欲が急速に減退しているのは、
>「勉強すると金になるぞ」という類の経済合理性による
>インセンティブを過剰服用したせいである。

>小学生たちは深夜まで塾通いをしている。
>そんなふうにして学習時間はどんどん長くなり、
>教育費はどんどん高騰し、学力はどんどん下がっている。

>それに対して、さらに学習時間を長くして、さらに教育費を高騰させ、
>学力による格付けと差別を強化することを教育行政はめざしているが、
>その結果がさらなる学力低下をしか生み出さないことに
>彼らだって内心気づいてはいるのである。

>ただ、脊髄反射的に
>「失敗したら、さらに努力する」ソリューションしか思いつかないのである。

>現代日本の不幸の過半は「努力のしすぎ」のせいである。
>私たちは疲れているのである。私たちに必要なのは休息である。

あんまり日本がどうこうみたいな言論は好きじゃないのだけど、

>「そんなにむきにならなくてもいいよ。疲れてるなら、少しの間、休もうよ」

みたいな類の労わりって、確かに日本には割りと欠けてると思う。

日本の場合、気遣いとか心配りみたいなものが文化として存在しているのだけど、だからといって、聖人みたいな人種がたくさん居るわけではない。

基本的には世界中どこの国の人も、感情は同じで、
日本人が場の空気を読めたり、感情を表に出さないからといって、
額面通りの平穏な心を持ち合わせているわけではなく、
結局のところ、イライラしてたり、ムカムカしてたりする人が山ほど居る。

他国の人たちと比べて、そういったストレスをも内包しやすい環境の中に、
私たちは生きているのではないだろうか。

それと何より、日本が誇るきめ細かさ。

もう海外に長期滞在していると、
日本に戻ってきた時のカルチャーショックがハンパないんだけど、
日本は本当に”パーフェクト”。その表現しかないと思う。

パーフェクトを目指すがゆえに、
この日本の素晴らしき文化と技術は成り立っているわけだけど、
その反面、そういった土壌があまりにも育ちすぎて、
パーフェクトじゃないものは一切認めない風潮がある。

で、基本的にパーフェクトを目指すってのは、要は100点を目指すってことだけど、まぁ、その辺の19とか20歳ぐらいの兄ちゃんが、夢追って好きなことやる分には、別にいくらでも100点目指してもらって構わないけども、

普通にいち社会人として、もしくは1人の父親とか母親として生き始めたなら、
100点を目指すことがいかに難しくて、いかに必要ではないかは分かると思う。

一般庶民が日々やってるのは、アーティスト活動じゃなくて、現実世界との戦いだからね。

なのに、もっと良いものを、もっと良い状態を、って国を挙げてケツ叩いてるわけで、「いやいや無理やん。やること色々あるわけやし他にも。」とか言えなくなってる。そんなの言ったら、やる気が足りないとか言われる始末。

そういうことじゃないってばよ。
会社の営利活動であっても、そういう精神論で人が動く時代はとっくに終わってる。やる気とか根性とかって、自分の好きなタイミングで発動できるようなもんじゃないと思うんだけどね。

格ゲーで言ったら、ある一定のゲージが溜まったら初めて出せる必殺技みたいなもんで、まだゲージ溜まってないのに友達に、「何で必殺技出せないの?」とか言われても、「ハァ?」みたいな感じになるでしょ。
そのゲージを目隠ししてプレイしてるのが、現実世界なわけで。

いっつも思うけど、何をやるにもやっぱり楽しくないとダメだと思うんだよね。
楽しくないことやってても集中できないし、長続きしないし、アイディアも湧いてこない。楽しむんだったら、やっぱりある程度の余裕が必要なんじゃないだろうか。

「日ごろから限界まで追い詰めてると、勝負どころで力が発揮できない」みたいなことを、市民ランナーの川内選手が言ってたけど、本当そうだと思う。
根性論で力を振り絞るにしても、やっぱり余裕って必要だと思う。

ある種のテキトーさとかユルさみたいなものって、すげー重要だと思う。

真面目真面目で生きてると、本当余裕がなくなるし、
接する相手も構えちゃうしなぁ。

色んな国周ってて、こいつら全然働いてねーなぁって国がたくさんあったけど、
とりあえず皆楽しそうではあったんだよね。

なんつーか、そんなに眉間にしわ寄せて、せっせと働いて、そのはけ口として、大型のプラズマTVと、高級車と、外食を消費していくのも、

まっ別にいいんじゃね?なるようになるんじゃね? みたいに毎日そこそこ満足しながら生きていくのも、結局変わらないと思うんだけどね~。

消費欲求って、ある意味、都会的な生活ストレスから来る反動なんじゃないか?

今回取り上げた記事の中で秀逸なのが、締めの文なんだけど、

>きっとこの後、潮目の変化を感じとった言論人の中から
>「日本人よ、ナマケモノ化せよ」といったタイプの言説を語る人が出てくるだろうと思うけれど、
>そういうことを「せよ」という当為の語法で語るのがもう「刻苦勉励」なんだよね。

>こういう提言は
>「オレ、ちょっと疲れちゃったからさ、休まない?ねえ、休まない?」
>という懇請の語法で語られないと通じないのよ。

もう、まさにその通りだと思う。
怠惰と思われるような部分を、自分から先にさらけ出すのって、
案外日本人には難しいんじゃないかな。

こういうのが(戦略的にではなくて)素で言える人って、素敵だと思う。

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