稲盛氏「原発ゼロという希望はあっても、それは難しいのではないか」

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ここ最近での興味深い記事はこちら。

日本航空・稲盛名誉会長「原子力を使っていかなければならないと、訴えていくべき」 – BLOGOS(ブロゴス)

稲盛氏といえば、京セラや現KDDI(旧 第二電電)の創業者であり、

新しいところでいえば、日本航空の会長就任。
経営破綻し、上場廃止、誰も寄り付かない不良物件に堕ちた
日本航空をたった1年かそこらで回復させ、3年待たずに再上場させた人物。

故・松下幸之助や、故・本田宗一郎と並んで”経営の神様”と崇められる方。

稲盛氏のインタビュー記事からコメントを抜粋。

> 現在の日本の高度な文明社会を維持していこう、
> さらに発展させていこうと思えば、
> 原子力発電というエネルギーは必要だろうと思っている。
> 原発ゼロという希望はあっても、それは難しいのではないかと思っている。

> 不幸なことに日本の原子力政策は、
> 実は「鬼子」のような育ち方をしてきたと思っております。

> つまり、大変危険なものであるだけではなくて、
> 発電後に出る高
濃度の核廃棄物をどう処分するのか、
> なんの解決がついていません。

> 現在、青森県六ヶ所村にためたまま、
> (使用済み核燃料の)処理方法も未解決、
> それを国民に知らせないままに、原子力政策をどんどん進めてきた。

> それが、大変大きな問題だった、

> 全てのものを明らかに国民に知らして、

> 「実はこういう危険もあり、
> こういう問題も未解決のままなんだけど、
> どうしてもエネルギーが必要なので必要悪として使って行きたい」

> と言っていれば、もっと正常な育ち方をしたのではと思っています。

>
しかし、今からでも遅くないから、
> 赤裸々に全部国民に知らせながら、

> なんとか原子力を使っていかなければならないという事を
> 訴えていくべきではなかろうと、私は思っています。

> なんとか原発なしで高度な文明社会を
> 維持していければいいのですが、

> 現在の科学技術では不可能だと思っています。

> 実は私は太陽光発電を日本で最も先駆けてやってきた技術屋でありまして、現在日本で一番生産量も多く、設置もしているのは京セラの太陽光発電なのですが、

> 主エネルギーにはなり得ないと思っていまして、

> 原発は必要悪として、
> どうそれをコントロールして使っていくか
> ということに力を入れなければならないと思っています。

世の中はこれだけ”原発NO”の風潮がある中、
あの稲盛氏ですら、原発は必要だと言う。

単なる感覚的な発言ではなく、わりと根拠のある、
散々太陽光エネルギーに関わってきた者としての推測を交えた発言だから、正直説得力はある。

私がいつも思うのは、実際のところ、

いま日本の中で「原発反対!」と声高に叫んでいる人達の中に、

本気で原子力発電の技術的な仕組みや、
国内エネルギー生産の中での立ち位置、
そして日本の経済状況、他国との関係性などを

総括的に把握できる人、

もしくはそれに対して真剣に日常の時間を多く割いている人が、

どれほどいるだろうか? ということだ。

これは正直言って完全に色眼鏡だけど、ネットのニュースや、
2chのまとめサイトをチラ見した程度の知識しか持たない人がほとんどのように思える。

私もその程度のことしか分からない。

だから賛成とも反対とも言えない。

原発が危ないのは分かる。

でもなんか、原発 = 危険 という、完全なイコールで結ばれている感じの思考が怖い。

黒人 = 犯罪者 とか、

米兵 = レイプ魔 とか、

一部の事例を基にした、盲目的な思想ほど恐ろしいものはない。

稲盛氏の発言で、特に注意してもらいたいのが、

> 現在の日本の高度な文明社会を維持していこう、
> さらに発展させていこうと思えば、
> 原子力発電というエネルギーは必要だろうと思っている。

という部分。

原発が絶対に必要という意味ではなくて、

これまで通り経済大国としての路線を貫き、
国民もこれまで通りの快適な暮らしをしたいのであれば、

という前提つきでの発言だ。

極端に平たく言うと、

1) 技術力最高、飯がウマい、安全・快適な日本 → 原発必要

2) 文明とかイラネ! → 原発いらない

のどちらを国民が望んでいるか、ということに尽きる。

ものすごく議論の飛躍なんだけども、

パソコンもiPhoneも、プレステ3も、FacebookもTwitterもぜーんぶ捨てて、
お前、明日から農耕民族な。

って言われても、

「俺全然オッケーだわ、むしろ耕す派だから!」

ぐらいの人なら、もう原発とか100%要らないかもね。

現実的な折り合いとしては、もちろんもっとやわらかいところに落ち着くんだろうけども。

日常的に、そういう文明の利器をばりばり使ってる人が、

それで原発反対って主張するのは、何だかなぁ。

2030年すら待てないと言ってる人にいたっては、もう。

という感じがしないでもないような。

そうでもないような。

結局のところ、たぶん国民の中で、

a. 原発は本当に廃止すべきだ!

b. 原発は危ないよねぇ … (以上)

c. でもぶっちゃけ原発必要なんじゃない?

みたいなそれぞれの意見も持った人たちがいて、

結構温度差がひどい。 というのが実情だと思う。

本当に原発反対を推し進めたいなら、
政治家やメディアの前に、まず自分の周りにいる友達を説得すべきだと思う。

それすら出来ないなら、そりゃ何かが違う。

たぶん実際にやってみたら分かると思うけど、

自分がすごく信じているけど、相手はそこまで興味がないものを、

面と向かって説得(プレゼン?)していくのって超難しいよね。

つまりそれほどまでに温度差の開きがすごいってことだし、

それほどまでに、その人にとって重要なことじゃないって、意味でもある。

最終的には原発ってやっぱり無くせないのかな…。

何となく漠然と、無くせるんだろうなぁと、淡い期待と持ってたけど。

いずれにせよ、

ネットで拾い読みした程度の知識ではダメだな。

という、

自分自身の知識量についての再認識が、本日の着地点。

憐れである。

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