乗るしかない、このビッグウェーブ(チヤホヤ)に。

Pocket

本日目についた記事。

ソース: 若い頃からチヤホヤされておいたほうが後で役に立つ

記事に書いてあった内容全てではないんだけども、

>賢い子は幼い頃から褒めてあげていろんなチャンスを与えてあげたほうが大人になったときにそうされなかった場合よりも遥かに大きく育つはずだ。人を育てるのは環境だから。

というのは私もそう思う部分がある。

だから子供は褒めて伸ばそうね!!

とかではない。と強調しておきたい。

そうは全然思わない。

褒められた方が大きく育つかどうかは分からない。
結果は誰にも分からない。

統計を取れば、褒める方が結果が出やすいのかもしれないけど、だからといって自分のケースにあてはまるかどうかは全くの別問題。

つか、褒めるとか褒めないとか、そういうのを意識的にやってもね。
案外子供にも見抜かれたりするから。

本心ですごいと思ってないのに、親が「すごいね!」って言っても、

「あー、これ俺 わざわざ褒められてるわー」って分かったりする子もいるからね。ソースはわたくし。

ちなみに褒めるなら、努力の部分を褒めたほうが良いらしーので参考まで。

子どもが勉強を覚えるのが早いかどうかは、褒め方の違いにあり?

先に断っておくが、これは私の考え方であり、私の好みの問題だけど、若い、もしくは幼い内にチヤホヤされることができるなら、そりゃされるべきだと思う。

されるべきっていっても、実際には自分で選べないけどね。

基本的に若い内はチヤホヤされてナンボの世界だと思う。

赤ちゃんのうちはいくらでも親がチヤホヤしてくれるけど、小学校に入れば嫌でも他の子と競争させられ、比較されるわけで、チヤホヤしてくれる人がいるのは幸運以外の何物でもない。

自分がいま褒めらていることの理由を考えてみよう。それをずっと遡ってみて、根っこは何なのか?

男側で分かりやすい例をだせば、運動神経だ。

はっきりいって、小学校の時点で既に運動能力には大きな差がある。
あとあとその差が埋まらないわけではないけど、小学生にとっては圧倒的で、絶望的な壁を感じるほど、運動神経の良い奴と悪い奴の差がある。

運動神経の良い奴は、注目されるし、賞賛されるし、人気者になりやすい。

ひとつの成功体験、”俺はできる”感を実感するだろう。

それだけで友達も多くできる。友達が多くできればコミュニケーションを取る機会も増え、快活になり、自分に自信も出てくる。そしてモテる。

その状態で中学校に上がったとしよう。状況は恐らく変わらない。運動ができることでの優位性は変わらないし、運動ができることで、ますます運動能力を高めたりする。

褒められ、自分の存在を認められた状態でスタートしてるから、何に対しても意欲が湧きやすい。もちろん全てではないけども。

対して、運動神経の悪い人はどうか。注目されないし、褒められる機会も少ないし、友達も少ない。

運動能力が全てではない。絵が上手いとか、ピアノが上手いとか、何かしらに秀でてる人もいるのも分かる。

でも、全ての人に均等に能力は割り振られてもない。
運動神経が悪い代わりに勉強ができるなら素晴らしいが、そうとも限らない。

別にそれが悪いわけではない。友達の数が価値ではない。人生そういうことではない。

そんなの分かってる。皆知ってる。
でも実社会はそうじゃない。

みんな競うように自分を高めようとしたり、頑張ってる感出したりしてる横で、それを眺めるしかできない人がいたりするわけで。

何にも自信が持てなかったり、ネガティブ思考だったり。

私は、人それぞれ、その人なりの個性と能力があると思ってる。

でも、小中学生の時点では、運動とか勉強とかそういう分かりやすい指標でないと他人は評価してくれない。

だから、そういう特定の分野に才能を発揮できてる人はすごい強いと思う。
スタートダッシュ、パない。

その自信を持って、次のステップに進めるわけだから。

あるひとつのスタートライン、例えば中学校の始業式とかね。そこに立ったときにもう、結構な差があるんだから。それに抗うこともできるけど、とんでもなく大変。

それが思いっきり何かの勘違いで思い上がりだったとしても、チヤホヤされて何が悪いの。

沢山の友達に囲まれて、太陽みたいに笑ってる人を、うらやましく思わない人なんているのかよ?

まぁいるかw

Facebookにドヤ顔で自撮りアップしてる人見てキモイと思う反面、その状況に私は羨ましさを隠せない。

そんなの見たら他の人がどう思うかって考えちゃう空気読み職人だから。

でもさ、その人指してうわー勘違い野郎だわーって思ってる冷めた自分、どーよ。絶対勘違いしてる方が楽しいに決まってるじゃんか。

私が高校生のころに、ベルボトムに、お前ドロンパかよ!っていうぐらいでっかい星マークの入ったピッタピタのTシャツ着て、地元を闊歩してたけど、

「うわぁやべぇ、間違いなく俺、この町で一番おしゃれだわwwwwww」

って思ってたからね。恐ろしいよね。

自信にあふれたクソ野郎だったけど、クソ最高だとも思うわw 何も損してない。

ずっと勘違いしたままで、ずっとチヤホヤされたままでいられるなら、そんな楽しいことないってば。

どっかでそれが途切れても、そりゃもう世の常。別にいいと思うけどね。

それが無くなった時のために、諦めて準備できる賢い人も超すごいと思うけど、
やっぱ勘違いできる人には勝てない気がする。

勘違いし続けられたら、何にでも勝てる気がする。 

夢のような話。そしてわりと根拠ない話。

カオス理論の初期値鋭敏性、舐めんなよ。っつー話。

最終的に一番強いのは遺伝子かもしれないけど。

Pocket