もう神なんて居ないなんて、言わないよ絶対。

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ある日、先生がこう言った。

「君は神を信じるか?」

こういうのは難しい質問だと思う。
そして、すごくデリケートな問題でもある。

海外の場合って、
日本で「神様っているかなぁ?」とか話しているような、
ちょっとファンタジーじみたトピックとは次元が違うから。

大抵、ガチで神を信じていたり、
自分の持つ宗教観を絶対だと思っていたりするから。

だから、安易に信じてないとか、否定するような発言をするのはまずい。

そういえば、インドの列車の中で話した人に、
「宗教は何を信じているの?」と言われ、

「いや、何も。」と答えると、

「では、神は信じているか?」
「宗教と神は別々だ。宗教を持ってなくても、神は信じるだろう?」

そう言われて困惑した。
そんなに細かく考えたことなかったし。。。

結構こういう小難しい話に突入していくケースも多々あり。

そんなわけで、私はおそるおそる

「うー・・ん、いや、実は日本には、
あまり宗教や神を信じる習慣がないんだよね・・・」

と答えてみた。

すると先生は、笑って、「ハハ、そうだよね。」と言う。
聞くと、彼もあまり信じてないようで。

否定はしないけど、肯定もできない、っていう、
いわゆる不可知論者に近いのかな。
彼はどちらかというと、マヤの教えを重んじていた。

ただ、この村でこういう発言をするのは、ものすごくタブーで、
こういった話は、あくまでも生徒である私としかできない。

先生の場合は、大学の時に都会で生活しているから、
色んな考えや価値観を身につけていて、

その分、考えに幅や余裕ができたのではないかと思う。

いや、田舎に居る人の考えが狭いとは言わないが、
何かの考えが固定されてしまうケースが、確率として起こりやすいのは、
小さなコミュニティでずっと生活している方ではないかと思える。

私がもし、この村で生まれていたならば、
たぶんキリスト教を絶対と思っていたのかもしれない。

そして神の復活を待っていたりするんだろうか。

いずれにしても、今の私は宗教を持っていない。
私の場合は、宗教にしても神にしても、特に否定するつもりはない。

だって、否定する理由もないから。

だけど、信じろと言われても、信じる理由もない。
個人的には肯定してあげたいけど、肯定できる材料がない。

むしろ、私を納得させるような理由を持ってきてくれれば、
いつでも信者になるのに。

それはユダヤ教だろうが、イスラム教だろうが、
訳の分からない何かの団体だろうが、同じ。

でも、どこかの国で会った人が言ってた。

「人は、自分の信じたいものを信じれば良い。
誰かを宗教を勧誘したり、強要したりすべきではない。」

って。

勧誘する側の気持ちも、まぁ分かるんだけど、
結果として、無理強いに近いような状況が少なくないんだよね。

盲目的になりやすいのが、宗教の難しさだと思う。

そんなわけで神を信じていない私が、

家のママに、「ちょっとベッド運ぶの手伝ってくれない?」って言われて、
1階から2階にダブルベッドを運び終えたあとのこと。

部屋に戻って、私は自分のバックパックから、
パソコンを取りだそうとして、手を伸ばした。

手を伸ばした。

手を伸ばした。

手を伸ばしたら、腰に激痛が走った。

とんでもない痛みを感じた。

そして、一瞬で理解した。

これは絶対に、ヘルニアの再発だと。

原因もすぐ分かった。
ベッドを運ぶ時に、変な体勢を強いられていたからだ。

私はどうすることもできず、ベッドに倒れこみ、

天井を見上げた。

動けない。

旅の終わりを予感した。

神様、助けて!

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