ドラゴンクエストというゲーム

  • 2012年9月8日
  • 2019年11月3日
  • 雑記
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少し前にドラゴンクエスト10が発売された。

何やら賛否両論らしいけど、実際のところの評価は分からない。

そういえば私は生粋のファミコン世代であって、小学生の頃といえば、そりゃあもうファミコンのことしか考えてなかった気がする。

友達の家に行くと、赤やら紫やら緑やら、色とりどりのカセットが並んでて、いいなぁいいなぁって毎回思ってた。

 

うちはわりと厳格な家庭だったので、自分の部屋にTVなんてもちろんなかったし、ファミコンだって自分の好きな時にプレイできるような環境ではなかった。

毎回びくびくしながら母親に

「ちょっとだけファミコンやっても・・・いい?」

とか聞いてたし、もちろんファミコン本体はTVに繋ぎっぱなしではなくて、毎回後ろの配線ごと、所定の場所に収納していたような少年時代だった。

よって、カセットなんて数えるほどしか持ってなかったし、ドラクエのような時間のかかるゲームを家でやるようなことはほとんどなかった。

 

たいてい、友達の家に行って、友達がプレイしているのを、横で延々何時間も眺めている人生だった。

今考えると何が楽しいのか分からんけど、当時は子供なりに満足していたんだろうと思う。

 

ドラゴンクエストは、そんな時代に爆発的にヒットしたゲームで、ドラゴンボールの鳥山明が描いたパッケージのイラストを眺めているだけで、なんだかワクワクしたものだった。

ちょうどドラクエ3が発売された時は、もう人気もとにかくすごくて、発売日なんかは、おもちゃ屋にものすごい長蛇の列ができてて、それが新聞の記事にもなるぐらいだったし、購入したばかりのソフトを帰り道に恐喝するという、絶対にトラウマになりそうな”ドラクエかつあげ”が話題にもなり始めてた。

 

ある日、どういうタイミングだったかは忘れたけど、家にいた時、母親に突然こんなことを言われた。

 

J(‘ー`)し あんたドラゴンクエスト買ってやろうか?

(‘A`)   え?

J(‘ー`)し  いいよ。買ってあげるよ。

(‘A`)   え?何で?

J(‘ー`)し みんなやりよるんやろ?

(‘A`)   カーチャン……….

 

当時の私は、子供なりに自分の身の丈をわきまえていたというか、ドラクエ3がやりたいなんて実はこれっぽっちも思っていなかった。

正確にいえば、プレイできるはずがないというか、そういう現実を子供なりに受け入れていたのだと思う。

恐らく新聞記事を読んだ母親が、社会現象になるほどのゲームをうちの子だけ遊べないというのは可哀想だろうとか、そういう風に思ったんだと思う。

うちは父親をかなり早くに亡くしていたこともあって、子供をまともに育てたいという気持ちが、私の母親はかなり強かったように思う。他人から”あの家庭は父親がいないから”などと言われたくないから、と何度も言ってた。

みんなが学校でドラクエの話で盛り上がっているところに、自分の息子だけ入れないような事がないようにと、そう考えたたのだと思う。

当時はどちらかというと嬉しさよりも

え?え?本当にいいの?

みたいな困惑の方が大きかったことを記憶している。

 

でも歳をとって、この出来事を振り返ってみると、目頭が熱くなるような、何ともいえない気持ちになるものだ。

 

みんなにとってのドラクエは、ボスとの戦いであったり、町の人のセリフであったり、コイン稼ぎのスロットであったり、いろいろあるのだろうと思うけど、

私にとってドラクエといえば、この出来事なのだ。

 

そんなドラクエのレビューをひとつ紹介しようと思う。

映画監督、黒沢清の鬼気迫るFC版ドラクエⅡ レビュー – ビデヲゲーム研究室

FFⅢをめぐる対談記事の中の、高橋源一郎氏の発言を読んで、ハタと膝を打ってしまった。氏は”やはりドラクエⅡが最高である。ドラクエⅡには殺意が感じられた”と語っている。

そうなのだ。ドラクエⅡ、あれは確かに凶暴なゲームだった。プレイヤーが手塩に掛けて育てたキャラを、容赦なく皆殺しにしてしまおうとするドス黒い意志が全編を支配していた。ダンジョンの奥底でやっと見つけた宝箱を前にして、突如出現したキラータイガー四頭立てによる先制攻撃。それは悲惨としか言いようのない状況だ。バタバタと死んでゆく仲間たちは、棺桶と化して教会へ送り返される。この屈辱から立ち直るのは並たいていのことではない。

いったいいつの頃からだろうか、RPGがキャラを育てるゲームであるという認識が一般的になっていったのは。確かに、主人公がだんだん強くなってゆくのを見るのは楽しい。所持金がうんとたまれば、思わず顔がほころんでしまう。しかし、お金や魔法値を精一杯節約し、取れる宝は全部取って、最短コースでゴールに向かうだけがRPGではないはずだ。終了した時、100万Gたまっていたからといって、いったいなにが楽しいのか。巨大なドラゴンのボスを一刀の元に斬り捨てたからといって、何が偉いのか。RPGが効率よくコトを進めればよいだけのゲームに成り下がってはならない。

ドラクエⅡにもどるべきである。たかがマンドリルくんだりにボロ負けして、命からがら城へ逃げ帰ったことを思い出そう。あれは、はっきり生きるか死ぬかのゲームだった。キャラを育てようなどと考える余裕はなく、僕たちはただ何とかして生き残ることだけを考えていた。ふと気づくと、確かにキャラは成長しているのだが、そんな満足など吹っ飛んでしまうほどの凶悪な罠がすぐ先に仕掛けてある。でも、僕たちは負けなかった。

最初、城のまわりを逃げ腰でうろつくだけだった自分が、いつの間にか強靭な意志と勇気を持って死にいどみはじめる。ドラクエⅡは、そんな自分自身のけなげさに涙するゲームである。

はっきり言おう。RPGとは、断じてキャラを成長させるゲームではなく、プレイヤー自身が成長してゆくゲームなのだ。

出典:黒沢清「映画はおそろしい」

 

 

うん、うん、だよね。

そうだよねー。

間違いない。

とか相槌うちながら読み終えて、確かに面白いレビューではあったんだけど、

如何せん、ドラクエ2を、やったことがない。

 

友達の家で、ウイイレを3試合だけやりたい今日この頃です。

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