お母さんより (中)

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やがてDJとしての地位が安定しはじめたころ、ふと世界を覗いてみたくなった。ミーハーだが、ニューヨークで本場のDJというものを見てみたかった。

2週間という短い期間の中で、多くのことを見て、驚き、汗をかいた。ものの見事に”井の中の蛙”であることを知らされたのだ。

それから何故だか、急にDJから心が離れた。

DJは最高に楽しいが、それは果たして、普遍的なものなのか。私はただDJという立ち位置に依存しているだけではないか。それが気になった。

もしその支えがなくなった時、私は私の価値を失ってしまうんじゃないか。それまで肩で風を切って歩いていた私は、とてつもない焦燥感に襲われた。NYに行って、言葉も通じず、知り合いも居ない。ここで通用するようなステータスは持ち合わせていない。

海外に出て、自分のメッキが剥がれて丸裸になった時、自分には芯になる部分が欠けていることに気づいたのだ。

それでふと、DJを辞めてもいいんじゃないかと思った。

重要なのは、他人から見えるステータスではない。辞めて何かが解決するわけではないが、仮に”DJ”というものがこの世から消滅したとしても、
微動だにしないようなアイデンティティが欲しかった。

DJは最高に楽しい。でも、よくよく考えるとそこに執着する必要はなかった。本当にやりたければ、またいつでも始めればいいだけ。むしろ、一度離れて、それでお終いになる程度のものなら、自分にとってその程度の優先度ということだ。

実験的に辞めてみることを、なぜ恐れる必要があるだろう。

もちろん本当は、欲を言えば、続けたかった。

でも私には、DJより先にやらなければならない課題があった。自分にケリをつけた。

私は東京に引っ越した。東京に、何か当てがあったわけではない。

不器用で、若かった私には、地元はかえって毒だったのだ。何も不自由しないで楽しく暮らせる。それが逆に怖かった。

だから、自分を試すつもりで都会に出てみた。

いま考えるとそれが適切だったのかは分からない。ただそれほどに私は焦っていた。

 

東京に引っ越す直前、仕事中、腰に痛みが走った。当時は精神的にも上り調子いたので、さして気にもせず仕事を続けたが、どうにも痛みはひどくなっていく。

病院に行くと、椎間板ヘルニアだと言われた。

当時の私は貯金のために力仕事に明け暮れていた。もともと肉体的な努力が苦手だった私は、克服のために帰宅後も毎日トレーニングしていた。闇雲に体を酷使していたことが裏目に出た。

「ただ頑張れば良いというものではない。」

そう言って、鈍器で殴られたような感じがした。

痛みは日増しにひどくなり、東京に出る頃には、まともに歩くことすらできないような状態だった。腹が減って、買い出しに行くことすらままならない。病院に行くにも、普通の3倍ぐらい時間がかかる。

何の計画もなく出てきた東京で、寒くて狭い部屋にたった独り。

さして暖かくもない電気ストーブの赤い光を、足の裏をあてながら眺めていた。

ヘルニアをきっかけに、上京後の半年はまるで上手くいかなかった。

私はただ強くなりたかったのに。

なれなかった。

そして、心が折れた。

そこで初めて気づいた。人間は完全な強さを持てないということに。どうやったって、常に弱さを孕んでいる。

ならば、弱さは認めるべきだと。

私は弱い。だがそれでいいじゃないか。弱いからこそ、相手の弱さが理解できるのだから。皆弱いのだ。そう思うと不思議と頑張れる。皆弱いのに、頑張っているのだから。私も頑張らなければ。

急に心が軽くなった。人生が、好転し始めた。

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