ウユニに到着の日から数えて4日目の昼、空港に向かった。
ウユニ空港はとても小さく、首都ラパスへの飛行機を待っているのは半分以上が日本人という状況。よほどこの観光地は、日本での人気がすごいのだろう。
飛行機の時間は1時間弱。
ラパスに着き、次の飛行機(アメリカ行き)は翌朝なので、ラパスに泊まることにしていた。
世界一周中ならば、バックパッカー然として、空港の椅子にでも寝るだろうが、さすがに新婚旅行ともなると嫁さんをそんなところに寝かすわけにも行くまい。
というわけで、予約していたホテルがある、ラパスの中心地までタクシーで向かった。
道中、「次はいつの便でラパスを発つんだ?」と、タクシーの運転手がしつこく尋ねてきた。商魂たくましい男だ。
「明日の朝だよ。」と答えると、
「何時だ?何時だ?」とまくし立ててきた。
明日の空港行きの客を押さえたいのだろう。若干面倒くさいなーと思ったものの、まぁお金を節約したいわけでもないし、別にいいかと思って、「朝4時かな。」と答えた。
「朝4時だな?明日俺が朝4時にホテルの前に迎えにくるからな?」
と5回ぐらい言ってた。
こういうことはしつこいぐらいに言っておいた方が間違いないのだろう。
第一、言葉が通じているのか自体怪しいからね、外国人旅行者は。
運転手と明日の約束をして、ホテルの前で別れた。
2回目のラパスの街は、以前のイメージのまま雑然としていた。
中心地はとにかく車の交通量が多く、人も多く行きかうため常に渋滞している。
排気ガスもすごくて、慣れるまではすぐに喉を壊すようなレベル。日本製のマスクをして街を散策したが、一泊しかしないので、適当なレストランを見つけて夕食を済ませ、そそくさとホテルに戻った。
ホテルは簡素だが、必要十分な設備があり、わりと快適だった。ちゃんとホットシャワーが出てくれたことが、何より安心した。しかし、なぜかカーテンがなく、代わりにハロゲンヒーターが一台置かれていた。若干寒いが、ベッドで毛布にくるまっていれば特に問題なし。
翌朝、早朝4時にホテルをチェックアウトすると、約束通りタクシーの運転手が待っていた。良かった。
そういえば、世界一周中にラパスに寄った時、アマゾン川ツアーに参加したくて、日中、旅の友達と流しのタクシーを呼び止めては、「バスターミナルまでいくらで連れてってくれる?」と聞きまわって、値段交渉も終わって、
「よし、じゃあ明日朝の5時ね!ここで待ってるから!」と約束したのを覚えている。
そして私たちは翌朝5時に待っていたのだが、約束したはずのタクシーは全く現れず、おかげでアマゾン川ツアーに行くのを諦めたという苦い思い出がある。
まぁそりゃあ空港の往復の方が明らかに割りがいいもんな。
何がうれしくて、ケチなバックッパッカー達を最安値で遠くまで運ばなければならないんだと、私が逆の立場なら思うだろう。約束を破った運転手の気持ちも今なら分かる。
さて、ボリビアのラパスを離陸した飛行機は一路アメリカ・マイアミへ。
到着してすぐに飛行機を乗り換え、今度はシカゴへ飛んだ。
空の長旅を終えて、飛行機を降りようとした時、後ろの方で日本人の声がした。
「ここにネックレス落ちてたんですけど…、違いますか?」
席にネックレスが落ちていたらしく、その日本人は、別の日本人にそう尋ねていた。
ふ~ん。と流そうとしたが、
はて?ひょっとして嫁さんのネックレスじゃないよな?とふと思った。
席も離れているし、そんなところに落ちるはずもないが、念のために嫁さんに聞いてみた。
「ネックレス、落としてないよね?」
「え、うん…。 …あっ!」
見ると付けていたネックレスが無かった。彼女は声を失っていた。
急いでさっき尋ねていた日本人の方に向かい、
「すみません、ネックレスどれですか?」
と言うと、「あ、これです。」と言って、その人が隣の席を指さした。
座席の上に置いてあったのは、見たこともないネックレスだった。
嫁さんは泣いていた。
「どうした?どっかで落としたの?」
「…ホテルに、置いてきた…。」
ラパスのホテルに置いてきたらしい。
「前日、ラパスのホテルでシャワーを浴びる時に外してテーブルの上に置き、そのままチェックアウトしてしまった。」
そう言うと、また泣き始めた。
実はそのネックレスは、私が彼女にプロポーズした時に、指輪の代わりにプレゼントしたものだった。
正直私としては、思い出の品といっても、「物」だし、いつかは壊れたり、失くしてしまうことだってあると思っていたから、まぁしゃーないか、という感じだったが、嫁さんとしては心の整理はつかないらしい。
そうはいっても、もうここからラパスには戻れる距離ではないし、第一チェックアウトして結構な時間が経っているので、部屋の掃除もされているだろう。
言っちゃ悪いが、掃除に入ってテーブルの上に貴金属が忘れてあれば、スタッフに盗られても仕方がない。まして途上国ならなおさらだ。世界一周して、そのあたりの事情は十分に理解していたので、まずネックレスは取り戻せないと思った。
が、だ。
新婚ホヤホヤ、まして新婚旅行中に「無理だよ。諦めな。」と突き放すのも酷なので、ラパスのホテルに国際電話をかけてみた。
今時iPhoneで普通に南米まで電話できるんだから、ありがたい。ずっと昔は、公衆電話探して、近くの売店とかで札を小銭に崩して、小銭をちまちま補充しながら、電話してた。小銭がいつなくなるかと心配しながら。
そもそも、海外って、日本みたいに善意で両替とかしてくれないからね。小銭を用意するだけでもマジで苦労してた。
しばらくして、ラパスのホテルのマネージャーらしく人が電話に出た。事情を話してみたものの、相手はスペイン語しか喋れず、なかなか伝わらない。
目の前にいる相手なら、わりとスペイン語でも会話できていたものの、やっぱり電話の場合はこちらの表情とか身振り手振りが使えないので、もう一段上の言語スキルがないと厳しい。
というか、まず「ネックレス」っていう単語が分からなかった。スペイン語使ってたって、普通は旅で使うような単語じゃない。iPhoneに入れたスペイン語辞書アプリを使いながら、何とかトライしたものの、途中で電波の状態が悪くなって、電話は切れた。
その後も電話はつながらなかった。
ボリビアはすでに夜の12時をまわろうとしていた。スタッフも交代するだろうし、かけ続けてもいいリアクションが期待できなかったので、シカゴのホテルにチェックインして館内のWiFiでメールすることにした。
確かラパスのホテルにも英語が分かるスタッフはいたはずなので、英語で状況を細かく説明して送信した。すでに深夜の3時ぐらいだったと思う。やれることがなくなったので、その日は寝た。
次の日、起きるとラパスのホテルからメールが来ていた。
「状況は理解した。ホテルの掃除スタッフにも確かめてみる。」という簡素なものだった。
これは期待できないなと思って肩を落とし、シカゴから成田行きの飛行機に乗り込んだのを覚えている。
そして帰りの飛行機の中で、一本目の映画を見終わる前に、私は疲れ切って眠りについた。
それからしばらく寝ていたと思う。
ふと目が覚めると、機内のアナウンスが流れていた。
「現在機内には急病のお客様がいらっしゃいます。お客様の中にお医者様がいらっしゃいましたら乗務員までお声かけ下さい。」
あぁこれ、映画とかでよく見るやつだなー。
そう思いながらも、私はどっちみち医師ではないし、なにより眠たさに負けてまた寝た。
それからさらにしばらくして、また同じアナウンスが流れていた。
「現在機内には急病のお客様がいらっしゃいます。お客様の中にお医者様がいらっしゃいましたら乗務員までお声かけ下さい。」
ぼんやりした意識の中、そうか乗客の中に医師が居なかったのか、と思った。
アナウンスの間がどのぐらい空いていたのかも分からない。私はもう一度寝た。
それからずいぶん時間が経って、目的地が近づいてきたころ、キャビンアテンダントからアナウンスが入った。「当機はまもなく着陸態勢に入ります。シートベルトをお締めになって…」
よくあるいつものアナウンスだった。
冒頭は。
その後の言葉に、私は耳を疑った。
アナウンスの言葉は少し違ったかもしれないけど、内容はこんな風だった。
「飛行中、急病人のお客様がいらっしゃいました。大変残念ながらそのお客様は飛行中にお亡くなりになりました。」
キャビンアテンダントの声は緊張していた。ところどころで言葉を少し詰まらせていた。
乗客のうち、1人が飛行中に急病を発症し、そのまま亡くなったのだ。きっと医師も居合わせなかったのだろう。あまりの予想外の出来事に、私たちは唖然として顔を見合わせた。
まだ新婚旅行の途中だというのに、なんだか不吉な予感がする。
到着後、警察の現場検証が行われたのち、飛行機を降りることになった。
久々にスマホで接続した日本の通信速度は速かった。
何件か受信したメールのうち、一番最後のメールはスペイン語でこう書かれていた。
「ネックレスが見つかった。こちらから発送するから住所を教えてくれ。」
不吉な予感が外れた。
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